浜通りの古民家再生「服部家住宅」

【 第9回古民家再築部門 】

浜通りの古民家再生「服部家住宅」

建設地は静岡県の中部焼津市浜通り地区。浜通りは、駿河湾沿岸に沿って南北に伸びる街道とその街道を中心に形成された南北約1.5㎞、東西に約0.6㎞の細長い集落を指す名称です。浜通りは北から「北浜通」、「城之腰」、「鰯ヶ島」の3地区に分かれています。この浜通りを中核に遠洋漁業の発展など様々な歴史や文化が息づいており、「焼津水産業発祥の地」と呼ばれている地域です。今回の服部家は「城之腰」に建っています。

 服部家とは、焼津水産業の発展に寄与し、焼津水産翁の一人である服部安次郎氏の生家です。間口が狭く、奥行きが長い焼津市浜通り特有の敷地割りの中に、母屋と蔵が配置されています。母屋は木造2階建てで、隣り合うふたつの建物をつないでおり、何度かの増改築を重ねています。古い部分は明治前期の建造で、海からの風を避けるため屋根の勾配が緩く、このため2階は通り側の窓際に行くほど天井が低くなり、小泉八雲が滞在した家のような伝統的建物の特徴をよく残しています。また、家の中には歴史を伝える電話室や箱階段もあります。

 そんな服部家は近年住まい手も途絶え、建物自体もかなり荒廃した状態が数年続いていました。そこでこの服部家を利活用して、焼津市浜通りの魅力を国内外に伝え、訪れる観光客を増やすことで、地域経済の好循環を構築したい。焼津市水産業発祥の地「浜通り」にある「服部家」は、昔ながらの伝統的な外観を残しており、浜通りの風情ある町並みとの調和を守りつつ、ここで賑わいづくりに向けた利活用をということで、「海の自然に癒やされ、健康への気付きを感じる交流拠点」をコンセプトに、焼津市の特徴でもある「海」の資源の活用はもちろんのこと、「山」や「川」などの豊かな自然や、魚や地場商品などの「食」の喜び、さらには焼津市特有の人情溢れる「人」との交流を通した都会にない非日常体験を提供することで、日頃の心と体のストレスを「癒やす(リラクゼーション)」ことを軸に、再び訪れたくなる場所(古民家)を..ということで、浜通りの古民家が再生されました。

 服部家は明治前期に建てられた伝統構法平屋建ての北棟に、昭和前期に在来工法の2階が増築されていました。また南棟も建築は明治前期と思われますが、こちらも伝統構法にて2階の増改築がなされ、両棟で96坪程の建物となっていました。北棟も南棟もこの2階の増改築の影響から雨漏り等が生じ、建物を大きく損傷させていました。今回の改修工事では工期や予算のこともあり、腐食老朽化の大きかった部分と、昭和期に増築された在来工法の2階部分を24坪程減築することとしました。このことで昭和期に増築された際無くなった中庭も復元されました。

 改修工事では伝統構法のままに、基礎は据え石天端に合わせベタ基礎とし、腐食の大きい柱の根元は根継ぎし、新しい耐震補強壁や補修の壁は竹小舞土壁に漆喰仕上げで再生しました。もちろん耐震の水平構面補強には構造用合板も、設備の配管や機器は現代のものを使用しています。また温熱性能については、土壁外側にアルミ遮熱シートをはり、天井や屋根にはアルミ遮熱シートと断熱材で、輻射と伝導の両面から温熱性能を確保しています。

 柱と梁組みの力強さ、木目や職人さんの手仕事の1/Fゆらぎ効果、土壁の調湿や透気性能、畳や襖建具など自然素材が醸し出す癒やしの空気感など、古民家の持つ力を包み隠さず再生させることとしました。古民家の持つ力を信じ、出来る限りそのままの姿とすることで「再び訪れたくなる場所(古民家)」を造り出せたと感じています。

浜通りに面した「おもて」から、右手が「みせ」となり大正期に改修された電話室がみえます。中央奥に続くのが「通り土間」で中庭を眺めながら「おかって」から裏庭、土蔵へと続きます。この土間は、高潮の際通りを流れ侵入してきた海水をそのまま奥(西側)の川へ流すよう奥へ勾配がとられています。中央の根継ぎ(金輪継ぎ)した柱から向かった右側が平屋建ての北棟で、おもて~みせ~トイレと洗面&シャワー室~中庭~おかってという間取り、左側が2階建ての南棟で、箱階段のある南おもて~なかのま~おくのま~中庭~かわや棟、2階には勾配天井の10帖ひがしのま~8帖なかのま~8帖にしのま~トイレという間取り。竹小舞土壁の新しい耐震補強壁がつきましたが、建具を引き込めるように設置しましたので、現況の視線の流れとの違和感はありません。柱や梁、天井板や家具、建具などは水拭きの上、米糠(キヌカ)で拭き仕上げしています。土間はベタ基礎木ゴテ仕上げ。
奥の「にわ」から母屋を眺めます。正面掃き出し建具の向こう側が「通り土間」で北棟となります。掃き出し建具の右側が南棟で、木塀の内側が中庭、その右側が「かわや棟」、木塀の上に見えるのが2階の「8帖にしのま」です。左手に見えるのが北棟の「おかって」で、少し減築されましたのでウッドデッキをつくり、お庭ともつながるの大きなテーブルのある「おかって」としました。ウッドデッキには、バーベキューコンロやベンチ、大きなオーニングも..建具も全て引き込み内外一体のオープンキッチンとなりました。
このお庭の西側(奥)にある土蔵も現在改修中です。この春の庭も含めて整備されます..
南棟の2階になります。天井以外は腐食老朽化が激しい2階でした。続き間に耐震壁の計画もありましたが、なんとか垂れ壁とダンパーで補強出来たのは良かったです。床は剛床にするため和紙の目積薄畳敷き。奥の部屋が「10帖ひがしのま」で、天井の低い厨子二階。小泉八雲が毎年夏を過ごした「魚屋の山口乙吉の家」と類似の伝統的な町屋の造りとなっています。壁は竹小舞を掻いて、土を付け漆喰塗りの仕上げ、柱や木部、天井板や室内建具は水拭きの上、米糠(キヌカ)で拭き仕上げしました。外廻りの建具は木製建具のまま。雨戸や防火壁で防火をクリアしています。内側には内障子を入れ窓の断熱をしましたがどうしても温熱環境的には不利になるところですが、今回は古き趣を優先しました。

建設地静岡県焼津市城之腰
構造伝統構法
階数二階建て
延床面積233.43㎡
家族構成非公開