ツグコト

【 古民家再築部門 】

ツグコト

熊本県熊本市の西部、熊本新港のすこし内地側の集落にある、ごく普遍的な古民家。
田畑の広がり、今も古い建物が軒並ぶ集落にある築90年の古民家。
伝統的な田の字のシンプルな間取り、伝統的な石場建・大黒柱のある古民家。

2016年4月「熊本地震」に発生した大きな2度の揺れによる損傷と経年劣化によって、そのままの状態で住み続けるには困難な状態になりました。
もともと、おばあちゃんとお孫さんが暮らしていましたが、被災後に娘さん家族が引っ越してくることになりました。
「再生」か「建替」か。出会ったのはその時でした。

親族からは建替を進言されたものの、娘さんの強い想いで再生へ。
建物としては地震による歪み・損傷はあるものの十分に再生可能な状態でしたので、伝統的な構法をそのままに再生計画を立てました。

当初は家族構成の変化・現代のライフスタイルに合わせたプランニングを提案しましたが、施主様の要望もあって、和室の四つ間などの伝統的な田の字の間取りはそのままに、土間もできる限り復元し、そのなかで最大限の機能性と快適性を追求して設えていくことに。

ゆくゆくは地域の子どもたちのための空間としても開放したいという娘さんの展望もあり、古民家の持つ開放的でフレキシブルな空間をそのままに、かつ現代のライフスタイルに適応させるよう空間を再構築。
施主様、設計、職人の三者がしっかりと議論し、伝統と機能性、なによりもこの古民家に詰まった「記憶」を守り続けることを大切にしながら計画していきました。

地域の子どもたち、そして老若男女問わずの方々がこの場所を愛してくれるよう。
地域の「誇り」として、家の記憶から地域の記憶として、守り継がれるよう。

一時は取壊しになりかけましたが、今はおばあちゃん、娘さん夫婦、お孫さん3人、猫1匹、犬1匹の家族とともに生まれ変わり、きっとこれからも住み継がれ、この地で生き続けることでしょう。

地震に耐え、時代と社会の変化に耐え、この地に根をおろし、想いを継いで。

<地域に愛されるファサード>

敷地に入ってすぐに目に留まるファサードは、漆喰壁や大きな玄関戸等の伝統的な古民家のファサードを復元しつつ、部分的に面格子のアクセントを付け加えました。
縁側のアルミサッシは断熱性も考慮した上で交換しましたが、内障子として既存の木製ガラス戸を納めることで、木の雰囲気がファサードからも伝わるような設えに。
大きな玄関戸や小窓は近くの蔵を解体した際に頂いたものを再活用しています。
玄関ポーチには大きめの庇を張り出しすことで、雨天時の利便性を考慮しつつ、古民家の風格をより強められるよう努めました。
地域に愛されるランドマークとなれるよう、かといって奇抜ではなく、誰もが懐かしみ、親しみを覚えられるような伝統的な設えのファサードとしました。
<伝統的な間取りをそのままに>

玄関をくぐると、吹抜けのある広く開放的な土間空間が広がります。
この空間が家族だけでなく、地域の方々や子どもたちのコミュニケーションのメインスペースとなります。
壁には制振ダンパーを配置すことで耐震性の向上を図り、使用する建具も既存建具と玄関戸同様に蔵の解体の際に頂いたものを再活用し、家の記憶を可能な限り残せるようしています。
建具を開け放つとすべての空間が繋がる、とても開放的な空間構成となっており、建具の操作だけで様々な場面に応じて可変的に空間構成を変えることのできるフレキシブルな本来の古民家の特性をそのまま活かしています。
現代のライフスタイルの観点からすると多少なり不便な部分はあります。
快適性の面からも、床、外壁、屋根の断熱性を高めていますが、現代住宅と比較すると断熱性は劣ります。
しかしながら、本来の古民家の特性としての不便性や非快適性については、施主様のそれらを「許す」という価値観のなかで許容されており、逆にいうとその「許す」という価値観が現代住宅では手に入れられない空間を実現し、空間としても人としても「豊か」にしているのだとと感じています。
人の豊かさが空間を豊かに、空間の豊かさが人を豊かに、それが地域の方々に、子どもたちに。
<伝統構法と在来工法のコントラスト>

90年の歴史のなかで一部在来工法による増築が施されていましたが、その部分も敢えて吹抜け空間で構造体を現し明るい空間とし、伝統構法の部分との色見の対比ができるようにすることで、伝統構法と在来工法のコントラストを魅せるよう計画しました。
開放的なLDKは生活空間としての快適性と利便性の向上によって現代生活とのマッチングを図っています。
また既存の小屋裏収納も建築基準法に抵触しない形で利便性を高め有効活用することで、伝統構法のままに、かつ収納空間を小屋裏に集約することで、1階の収納力の少なさを解消しています。
この小屋裏収納も壁ではなく障子での間仕切りとすることで、上部空間で土間とつながることができます。
伝統構法による母屋部分の古民家ならではの伝統的で豊かな空間の不便性を、在来工法による増築部分の機能性を最大限高めることでフォローしています。

建設地熊本県熊本市西区沖新町
構造伝統構法
階数平屋
延床面積163.77㎡
家族構成3世代(6人)+猫1匹+犬1匹